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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)8639号 判決 1963年12月23日

原告 豊嶋寛彰

外二名

右三名訴訟代理人弁護士 秋根久太

同 山本草平

被告 北沢竜一

右訴訟代理人弁護士 大森正樹

主文

(1)  被告は、原告豊嶋寛彰に対し金四四九、九八一円原告豊嶋彰子に対し金二四九、九八一、原告大胡寛子に対し金一四九、九八一円と右各金員に対する昭和三七年一一月二二日以降右支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。

(2)  原告らのその余の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は、これを十分し、その七を被告の、その余を原告らの平等負担とする。

(4)  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は、原告らに対し、各金七三五、四二〇円及びこれに対する昭和三七年一一月二二日以降右支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求原因として

一、訴外豊嶋温代は、昭和三六年一〇月六日午後六時過頃、東京都江東区深川高橋町一丁目一番地附近の路上で、被告の運転する軽二輪自動車(排気量二五〇CC以下単に被告車という)と接触し、翌七日午前六時頃、右事故に起因する頭蓋内損傷により死亡した。

二、被告は、被告車を自己のために運行の用に供する者として自動車損害賠償保障法第三条の規定により、訴外温代の死亡によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、訴外温代の死亡によつて生じた損害は次のとおりである。

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

訴外温代は、昭和七年東京府女子師範学校専攻科を卒業後、小学校教師となり、昭和三四年三月末日、江東区立明治小学校を退職し、死亡当時東京都から恩給年額金一六一、四八〇円の支給を受けていたところ、訴外人の生活費は年額金九六、〇〇〇円(月額金八、〇〇〇円)であつたから、これを前記恩給年額から控除した残額金六五、四八〇円が訴外人の純収入年額である。しかして、訴外人は、死亡当時満五二才であつたから残存余命年数を二二、六五年としてこの間に取得すべき純収入総額をホフマン式計算方法により現在一時に請求する金額に換算すると金七〇六、二六二円となる。したがつて訴外人は死亡直前において被告に対し右金額の損害賠償債権を有していたところ、原告らは、訴外人の相続人全員であるから、相続分に応じ、その三分の一すなわち各金二三五、四二〇円の損害賠償債権を取得した。

(二)  慰藉料

原告寛彰は訴外温代の夫であり、同彰子は二女、同寛子は長女であるが、原告らは、訴外人の死亡により多大の精神的損害を蒙つた。その慰藉料は各金五〇〇、〇〇〇円が相当である。

よつて原告らは、被告に対し(一)及び(二)の合計各金七三五、四二〇円及びこれに対する本件訴状送達の後である昭和三七年一一月二二日以降右支払済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、仮りに右請求が理由がないとしても、被告は昭和三七年二月末日原告らの代理人訴外秋根久太に対し、本件事故による損害の賠償として原告らに各金五〇〇、〇〇〇円、合計金一、五〇〇、〇〇〇円を支払うべき旨を約した。よつて右各金員とこれに対する前記昭和三七年一一月二二日以降右支払済に至るまでの年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の主張に対し

一、本件事故が訴外人の過失によるものであつて、被告に過失がないとする被告の主張は否認する。訴外温代は本件事故当日、歩道上で横断の機会を待つていたところ、歩道すれすれに高速で進行して来た被告車にはねとばされ、傍の鉄製街路灯に頭部を強打したため死亡したものである。すなわち本件事故は、被告の右のような無暴運転に起因するものであつて訴外人の過失によるものではない。

二、原告らが自動車損害賠償責任保険により金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けたこと及びその査定の内容が被告主張のとおりであることは認める。

と述べた。

被告訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、原告らの請求原因事実中第一項の事実を認め、第四項の事実を否認し、次のとおり主張した。

一、被告は、本件事故当日被告車に乗車して本件事故現場附近の車道上を森下町方面から清澄町方面に向い、時速約三〇粁前後の速度で道路外側歩道ぞいに進行中、先行する小型三輪車が道路左側に寄つて徐行し始めたので、その右側を追い抜こうとしたところ、右先行車の前から訴外温代が勢よくとび出して来たため、被告車と衝突するに至つたものである。本件事故現場附近は、歩車道の区別がある電車通りであり、自動車等の交通が激しく、附近に横断歩道があるから、横断歩道でない本件事故現場附近で進行中の自動車の前方を横切つて突然通行人がとび出すというようなことは到底予想し得ないところである。本件事故は訴外人の重大な過失によつて発生したものであつて、被告に過失がない。

二、仮りに被告に過失があつたとしても、前記のような事実からすれば極めて軽微であるのに反し、前記のように危険な場所で進行中の自動車の前方を横切つて道路中央に勢よくとび出した訴外人の過失は重大であるといわなくてはならない。よつて本件損害賠償額の算定にあたつては訴外人の右のような過失を考慮すべきである。

三、仮りに被告に若干の損害賠償義務があつたとしても、原告らは、自動車損害賠償責任強制保険により金五〇〇、〇〇〇円(その査定の内容は医療費金五、五〇〇円、葬儀費金八二、九四六円、慰藉料金二〇〇、〇〇〇円、損害金三二七、九〇〇円、合計金六一六、三四六円のうち)の支払を受けたから、これによつて被告の損害賠償義務は消滅した。

立証≪省略≫

理由

一、請求原因第一項の事実(本件事故の発生及び訴外豊嶋温代の死亡)は当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫によると、当時被告が運転していた軽二輪自動車(東あ第五、七三九、以下単に被告車という)は、被告の所有であつて、被告は墨田区千歳町の北沢部品商会から江東区深川石島町の自宅に向つて運転していたものであることを認めることができるので、被告は、自動車損害賠償保障法第三条の規定により、同条所定の免責要件を主張立証しない限り、訴外人の死亡によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

三、被告は本件事故の発生につき過失がなかつたと主張するので以下この点について判断する。≪証拠省略≫を総合すると

(一)本件事故現場は都電森下町交叉点方面から清澄町交叉点方面に向うアスフアルト舗装の道路であつて、歩車道の区別があり、中央は都電軌道敷となつていること及び道路の両側は商店が立ち並び、自動車等の交通がかなりひんぱんであること。

(二)被告は、本件事故当日、被告車を運転して森下町方面から清澄町方面に向い、時速約三五粁前後の速度で進行していたところ、先行する自動車(車種は明らかでないが軽三輪貨物自動車もしくはこれに類する軽車輛である)が徐行して道路左側に停車する態勢を示したので、その右側約〇、三乃至〇、四米の附近を通過しようとしたところ、右先行車の前方を左から右に道路を横断しようとしている訴外人を認めたが、急停車の措置を講ずる暇もなくこれに衝突し、よつて前認定のように訴外人を死亡するに至らせたことを認めることができる。

証拠の認否≪省略≫

本件事故現場のように両側に商店が立ち並んでいる電車通りを進行中、道路左側に寄つて停車しようとしている先行車の右側を通過するに際しては、自動車運転者としては、右先行車の前方から道路を横断しようとして自己の進行方面に進出して来る歩行者のあることは、必ずしも予想し得ないところではないから、これと衝突する危険を避けるため、何時でも停止し得るような速度で徐行して進行すべき義務がある。

しかるに、右認定のとおり先行車の約〇、三乃至〇、四米右側を時速約三五粁前後の速度のまま漫然進行した被告は右の注意義務を怠つたものというべく、被告が右のような注意のもとに徐行して進行すれば本件事故の発生を避け得た筈であるから、被告はこれによつて生じた後段認定の損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。

四、損害

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

訴外温代が死亡当時年額金一六一、四八〇円の恩給を得ていたこと、その生活費が年額金九六、〇〇〇円(月額金八、〇〇〇円)であること、従つて前記恩給年額から右生活費年額を控除した残額金六五、四八〇円が訴外人の純収入年額であること及び同訴外人の余命年数が二二、六五年であることは、被告の明らかに争わないところであるから、訴外人は本件事故により右純収入年額に余命年数を乗じて得た金一、四八三、一二二円の得べかりし利益を喪失したことになり、これを原告主張のホフマン式計算方法(単式)により中間利息を控除して一時に請求する金額に換算すると金六九五、四八五円となることが計算上明らかである。

ところで訴外人としても、本件事故現場が先に認定したような交通のふくそうする電車通りであるから、これを横断しようとする場合は、交通の状況に注意し、自動車等による事故の発生を未然に防止すべきであることはいうまでもないところであり、殊に道路左側に寄つて停車しようとしている自動車の前方を横切つて道路を横断しようとする場合には、右自動車の後方からその右側を進行して来る車輛のあることを十分に予想しえた筈であるから、かかる車輛との衝突回避については万全の注意を払うべきであつたにも拘らず、前記認定事実に徴すると、訴外人が右の注意をつくしたものというをえず、被告車に気付かずその進行方向前面を横切ろうとして被告車に衝突されるに至つたものと認めざるを得ないから、訴外人の右のような過失もまた本件事故の一因をなしたものというべきである。

この事情を斟酌して考えるときは、訴外温代の蒙つた前記損害のうち被告の負担すべき額は金二七八、一九四円を以つて相当と認める。

そして原告らが訴外人の唯一の相続人(原告寛彰は訴外人の夫、原告彰子は二女、原告寛子は長女)であることも被告の明らかに争わないところであるから、原告等は、その相続分に応じ訴外人の右損害賠償債権の各三分の一すなわち各金九二、七三一円を相続によつて取得したことを被告において自白したものとみなすべきである。

(二)  慰藉料

原告らが訴外人の夫として、また子として、本件事故により訴外人を失つたことの精神的打撃は推察するに難くないところであつて、≪証拠省略≫によつて認め得る訴外人が永年小学校教員として勤務し、この間夫とともに二児を養育し、ようやく退職して平和な恩給生活を送るようになつた矢先であること、原告寛彰は、明治四〇年四月三〇日生で立正大学卒業後小学校の教員等を経て教育庁社会教育主事として勤務し、現在は恩給により生活していること、原告彰子は、昭和一一年三月二一日生で日本体育短期大学を卒業し、事故当時原告寛彰及び被害者と同居して家事に従つていたものであること、原告寛子は、昭和一〇年二月一三日生で共立女子短期大学を卒業し数年前他に嫁したものであること及び本件事故の態様と双方の過失の程度等を総合すると、原告らの精神的損害に対する慰藉料は原告寛彰につき金五〇〇、〇〇〇円、原告彰子につき金三〇〇、〇〇〇円、原告寛子につき金二〇〇、〇〇〇円を以つて相当と認める。

五、そうしてみると原告らは、前項(一)及び(二)の各損害賠償債権の合計すなわち原告寛彰は金五九二、七三一円、同彰子は金三九二、七三一円、同寛子は金二九二、七三一円の各損害賠償債権を有していたところ、原告らが自動車損害賠償責任保険により金五〇〇、〇〇〇円の支払を受けたこと及び右査定の内容が医療費金五、五〇〇円、葬儀費用金八二、九四六円、慰藉料金二〇〇、〇〇〇円、損害金三二七、九〇〇円合計金六一六、三四六円であることは当事者間に争いがないから、右保険金による弁済の充当の関係について考えるに、外に特段の主張立証のない本件においては、査定の内容である各項目別の金額の合計額に対する割合に従い、慰藉料については一六二、二四六円、損害金については二六六、〇〇三円がそれぞれ弁済に充当されたものと認むべく、また右査定の内容中損害金というのは前認定にかかる被害者の得べかりし利益の喪失による損害を指し、前認定のとおり各相続分に応じ平等の割合を以て弁済に充当されたものと認むべきであり、慰藉料は、原告ら主張の金額のとおりこれまた平等の割合を以て充当されたものと認めるのが相当である。そうすると原告らは、慰藉料として各金五四、〇八二円、その相続した得べかりし利益の喪失に依る損害債権に対して各金八八、六六八円、合計各金一四二、七五〇円の弁済を受けたことになるから、これを前記原告らの債権から控除するときは、原告寛彰が金四四九、九八一円、原告彰子が金二四九、九八一円、原告寛子が金一四九、九八一円の各損害賠償債権を有することになる。

六、次に原告らの予備的請求について判断する。≪証拠省略≫を総合すると、訴外弁護士秋根久太は、本件事故による損害賠償請求について原告らから依頼を受け、昭和三七年二月二二日付内容証明郵便をもつて被告に対し、慰藉料として各金五〇〇、〇〇〇円、合計金一、五〇〇、〇〇〇円の支払をなすべき旨を催告したところ、同月末日頃、訴外人方を訪れた被告から原告らの請求する金額を支払わなければならないと考えているが、支払能力がないので年賦にでもして貰いたい旨の申出をうけたが、これに対して確答をせず、従つてまた右金一、五〇〇、〇〇〇円の支払について何らの書面も作成しなかつたこと及びその後同年八月頃に至るまで二回に亘り被告の来訪を受けたが前同様の経過であつたことを認めることができる。以上のような経過に徴すると、未だ本件事故による損害の賠償として金一、五〇〇、〇〇〇円を支払うべき旨の合意が成立したものとはいい難いのでこの点に関する原告の主張は採用し難い。

七、そうしてみると、原告らの本訴請求は、原告寛彰に対し金四四九、九八一円、原告彰子に対し金二四九、九八一円、原告寛子に対し金一四九、九八一円とこれに対する本件訴状送達の後であることが記録上明らかな昭和三七年一一月二二日以降右支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから正当としてこれを認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川善吉 裁判官 吉野衛 茅沼英一)

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